マジック

品には10歳過ぎ頃からハマった。四ツ玉とリンキング・リング、サムチップはその頃からの十八番だが、現在最も得意としているジャンルはカード。しかし、クラシック音楽とコラボさせる企画ものをやりだしたため、さっきの3つ以外のステージ&サロンマジックも少しずつ勉強中(と言ってるわりに大してレパートリーが増えてないという…)。

ちなみにマジックの裏側というのは、論理の塊みたいなものである。理詰めのアイデアを緻密に積み重ね、計算され尽くした手順を踏まない限り、マジックの要である「不可能現象」は絶対に起こせない。「ファンタジー」を実現するために「(幻想の対極にあると思えるような)理屈・理論」を組み立ててゆく。これって、音楽でも全く同じなんじゃないだろうか?もちろん、裏側が見えてしまう(バレてしまう)と途端にシラけてしまう、という怖さの点においてもね(大汗)。音楽の方がより抽象的で漠然とした計算で成り立っているのは確かだけれど、見えないところでどんなに苦労していようと、お客さんにどう見えるか・どう聴こえるかが全てだ、ということだけは確かだと思う。

今のところ、演奏会でのマジックの用途は、気楽なコンサートでのアンコール代わりや、ユーモアがあるのにクラシックの「高尚な」イメージに邪魔されて伝わってないような曲(ハイドンとかネ)のために、先入観をぶち壊すための演出ツールとして。でも、ピアノ曲って、特に19世紀以降は「音のトリック」の宝庫なので(一番上手く使ってるのはリストかな…)、いずれその辺にも突っ込めたら、とも思っている。

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