動作と音楽の不可分性について

もそも、大抵の楽器は、音を出すために避けられない動作が「アナログ」なものになっている。弦楽器の弓がそうだし、管楽器や歌は一見あまり動いていないように見えても、横隔膜の動きをスムーズなものにすることが必要不可欠である。音楽には「流れ」がある。流れるようなスムーズな動作が間合いを支配しているからこそ、自然な音楽が生まれるのだ、というのが僕の考えである。

ところが、ピアノから「余計な」動作を取り去るとどうなるだろうか。鍵盤の構造からすると打鍵は垂直が理想、鍵盤から鍵盤への移動は水平、打鍵の一瞬以外は何をどう動かそうとも直接音にはあらわれない…。明らかに「デジタル」なのである。

てなわけで、ピアノで「アナログな」音楽をつくる方法は2つ。@デジタルな動作のままで頑張って「流れ」を作る、もしくはA演奏にアナログな動作を持ち込む。どう考えたってAの方が効率良いでしょうよ、というのが僕の意見。

例えば、音を段階的に小さくしたいとき、指だけで加減出来るはずもなく、手首を少しずつ持ち上げて腕の重さのかけ方でコントロールする、なんてのは「動くな!」と言ってる人ですら当然のごとくやっている。ちなみにこの動作、息を吸いながらやると非常にやりやすく、自然になる(特に胸式呼吸では、腕の付け根=肩関節そのものが自然に持ち上がりますからね。「吐くのをやめる/意図的にゆっくり吐く」のも、使う筋肉が一緒なので効果は同じ)。ただし、体格とか腕の付き方や長さ、横隔膜&肋骨の付き方…と色んな要素が人それぞれなので、「胸式呼吸」なんてのは僕自身にしか使えない理論なのかもしれないけれど。(まあ、こんな調子で「自然さ」を追求してるわけです)

それから、休符の待ち方にしても、良い演奏をするピアニストで「じっと待ってる」人なんて見たことがない。指揮をする、とまではいかなくとも(あ、指揮も上手い人ほど「アナログ」に動いてますよね)、指揮の「拍と拍の間の『間(ま)』の部分」に近い動きをしていることは多い。「あと一瞬待つ」よりも、「前腕で描く弧の半径をわずかに大きくする」方が楽だし、自然な間合いになる、ということなのだろう。やっぱり動作と間合いは一致させた方が良いと僕は感じるし、「目で音楽を聴く人(by若い頃演奏動作で散々批判された経験のあるブレンデル)」から文句を言われないための配慮、なんていう下らない項目は演奏を構成する諸要素の中で優先順位最下位で良いや、と思ってしまうのだけれど、この頁を読んで下さった皆様はどうお考えだろうか。

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